『タモリをリスペクトせよ!』と言われて戸惑う。

タモリをリスペクトせよ!〜面白さの秘密編〜
批判とかいうスタンスとはほど遠い視点から、思った事を書いてみる。
ワシ自身、お笑い番組は好きであり深夜の時間帯限定で結構よく見る。笑い飯とか。
それでもやっぱり、ポイズンガールズバンドやらアンガールズが今のトレンドなのだよ、と言われれば『時代遅れなんだなぁ』という気はする。
虚構のシチュエーションに虚構を積んでいく笑い、ってのは充分に理解しているつもりなのだけれど、本人たちが理解できている範囲での
『敢えてハズしてる』
というシチュエーションがなんか、上手く飲み込めない。そんなの、吉田戦車やら中川いさみが散々やり尽くしてるよなぁ、と。
さておき。先のリンク内で言われている「タモリの面白さ」。つまりは

こちらの予測を脱力感たっぷりに裏切る、これがタモリの魅力であり面白さなのである。

という言葉に集約されてるんだろうか。

少し話が飛ぶんですが、昔に桂枝雀という噺家さんがいらっしゃった。
丸坊主でギョロ目の、英訳落語に精力を傾けてた人、と言えば膝を打つ方も居るかも知れない。
んでその人の『笑いの四類型』という話が印象的でして。
http://www.cc.osaka-kyoiku.ac.jp/~kokugo/nonami/99soturon/yamagami.html
探したらあるもんですな(笑。
つまり笑いは『併せ・離れ』『離れ・併せ』『併せ・併せ』『離れ・離れ』の四つに類別される。
例えば。真っ当な話が枕にあって、そのまま真っ当なまま終わるんだと思ってたら頓狂なオチが用意されてて、お客は予想を裏切られて笑う。
これが『併せ・離れ』。
又は、枕話は真っ当なんだけども話の随所に伏線が張られてて
『あぁ、またとんでもない勘違いをしでかすのがオチかなぁ』
と客が読んだ所で、それを更に裏切って真っ当なオチで終わる。ココでも期待を裏切られた客の間に笑いが起こる。
根本には『人間の喜怒哀楽はすべからく、期待が裏切られた時に発生する』と。なるほど。確かに泣くのも怒るのも、悲しむのも笑うのもすべて自分が予見してた事に沿わない事実があって発生するもんだ。

長くなったんですが、冒頭の『タモリの面白さ』の基本はココにある、と。

しかしワシは『タモリ倶楽部タモリ→○』『笑っていいとも!タモリ→×』なんですな。
理由は明快。タモリの笑いの背景には常に毒が潜んでるから。

う〜ん、言葉で説明すると難しいんですが

タモリの場合、人生に幾つかのハンディを抱えている。スキッ歯、隻眼。ホモ疑惑にヅラ疑惑(ファンの方には申し訳ない)。
そういった、いわば丹下段平が涙橋のたもとから浮き世をのぞき込む様に、常に半端者が世の中を皮肉っているスタンスが根底にある。
大昔(イグアナの真似やってたぐらいの時期)に誰だかとコンビを組んで『文化人を斬る!』ってコントをやってた。
実際に舌鋒鋭く切り込むんでは無く、大橋巨泉なんかのモノマネをしながら大きなノコギリで真っ二つに切られる様を演じる。
『オイ、タモリ、このやろ何て事すんだ、イテテテ…』
みたいな。これも【俺達みたいな出自の卑しい芸人が天下人を真っ向勝負で叩き切れる訳が無いんだよ】って視点での苦肉の策なんでは無いかと。

なので太めの男性ゲストが出てくると必ず『お前、このチチ何なんだよぉ』といって揉む。
ガタイの宜しい男性ゲストには『イイ筋肉してんね、何か格闘技やってるの?』といって揉む。
各コーナーでポッチャリなガキンチョが出てきても問答無用で揉む。
この辺り、世間の風評を解っててやってると解釈してもやっぱり笑えない。生々しすぎる。
たかがクイズコーナーでも、自分が知ってる問題を答えられると一気に『手前ぇ、空気読めよ!』という表情を浮かべる。
どうにも生臭いんですな。

それが、こと『深夜』というベールを被ると何ともない。時間帯的に生臭い、というアングラ臭が充満しててさほど気にならないからだろうか。
その辺は自分でもよく解らない。
だから安西肇とか山田五郎とか『見るからにアレだろ』というのを積極的にレギュラーに持って来てたりしても気にならない。
そういう面子で『おにぎりの剥き方でコンビニ名を当てろ!』だの『エロ芸人は、控え室にあるエロ本を何分で手にとるか?』『そのまんま東、5秒だとよ!ゲラゲラ!!』ってやってるのも全然普通に爆笑できる。


ワシん中では扱いの難しい芸人さんではありますな。
ただ、ポイントを絞った不意打ちの笑いならば関根勤の方が格段に上だと思うのだが、どうか。





今宵は此処まで。