中島らもの死について

本日は、何はさておきこのエントリーだけは上げておきたい。
【作家の中島らもさんが死去】
つい一昨日であるが、本棚の奥にあった『アマニタ・パンセリナ』を再度読了した。虫の知らせなどと陳腐な台詞を使うつもりは無いんですがまぁ、そういうもんなんだろうなぁ、と思った次第。
実はここ数年来中島作品とは疎遠で、多分この『アマニタ─』か『砂をつかんで立ち上がれ』くらいを最後にしばらく読んでいなかった。AMAZON.co.jpで検索(http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/search-handle-form/ref=s_b_rs/249-3339384-4144310)してみるとその後10冊程の刊行があったみたいで、未見の作題がちらほらあった。先般、大麻取締法違反で検挙された時にも「ははぁ。官憲に吊し上げられるなんざ、オッサンもヤキが回ったんやなぁ」と幾分冷ややかな視線を投げていたような気がする。
大阪育ちのサブカルチャー好きには著名だったが、世間一般への浸透度がどうだったかは昨夜のワシと嫁の会話で痛切に思い知らされた。とにかく『○○の人』という説明句が見つからないんですな。
『ほら、あの“ガダラの豚”を書いた人だよ』→『……宮崎駿?』
『アジアコーヒーとか、ネーポンって知らん?』→『……さぁ…』
『ほら、啓蒙かまぼこ新聞の!』→『……かまぼこに新聞があるの?』
とまぁ全く要領を得ない。リリパットアーミーでも駄目だろうし。結局、『朝日新聞で“明るい悩み相談室”書いてた人』という説明で取り敢えずの決着を見たが、それで?という顔をしていたので嫁が風呂に入ってる隙に、奴の財布のなかにハナクソを入れておいた。ファンデーションのパフを高野豆腐に替えなかっただけでも有り難いと思え。フン。




このオッサンの近辺を語るには、新野新だとかゴンチチチチ松村だとか松尾貴史(キッチュ)辺りの話も絡める必要がありそうなので一括りにし難いんですが、ラリリのオッサンだという説明が一番妥当なのか。

アルコール中毒であり且つブロン中毒で、腹をピーピー下しながら咳止めシロップを飲み、それらから派生した躁鬱病を抱えて執筆・舞台俳優・演奏活動に精を出した。かといってエネルギーの塊などとはほど遠く、どこまでも痩せ枯れたオッサンの印象を拭えない。しかし、幼少期や青年期にこのオッサンの著作に影響を受けた人は多いんじゃないだろうか。斯く言うワシも前述の『アマニタ─』を読み終え、現在のワシの文体や表現手法がこのオッサンの影響を受けまくっていたことにビックリした。特に『永遠も半ばを過ぎて(確かLieLieLieという題で映画化)』とか『こらっ!』『なにわのアホぢから』辺り。まぁ市井のリーマン風情が、直木賞作家くずれ(笑)とはいえ大作家先生の文章に『似てる』と評を付ける事自体おこがましい事なんだけど。


大麻吸引は犯罪である。当たり前ですわな。しかし人間の心の奥底には、酩酊に対する不可避の憧憬がある。迷うて在る事への恍惚感。
ワシは酒が強く無いので、こういった人の真の気持ちが解る事がない。
焼酎片手にシロタマ齧って、限りない意識下への素潜り。
悪は全て排除せよ、との明確な二元論者へのアンチテーゼとして、それらを愛憎半ば入り混じった視点で物事を語る口。それが中島らもでは無かったか、と思う。善し悪し、健康への実害、背後に広がるアングラな組織構造を全く無視してただ『大麻万歳』を叫ぶ窪塚某とは、全く対極を為す。あんな小物と十把一絡げに論じるのは見当違いというものである。

酒を片手に、大麻の束を眺めながら

『コイツ、アカンねんけど、エェねんなぁ…』

という視点。オッサンは間違いなく、身体を張って語っていた。



ベルセルク』(三浦健太郎)の中で、主人公:ガッツが作中の女性剣士:キャスカを敵に絡め取られた時の台詞。

『俺はいつもそうだ。本当に大事な物は、いつも失ってから気づく……』

最近、この言葉を実感させられる事が非常に多い。
大阪のオッサンの、一つの小さな死に。
自分に正直に且つ不真面目に、だけど真摯に生きた人生に。
愛すべきラリパッパの、そのシンプルな末期に。



心より合掌。